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仙台高等裁判所 昭和39年(う)3号 判決 1964年3月19日

主文

原判決を破棄する。

本件を宮古簡易裁判所に差し戻す。

理由

控訴趣意について

原判決は、被告人が昭和三八年四月一三日宮古市宮古、飲食店中央軒こと伊藤良子方の炊事場の窓硝子二枚を一升瓶を投げつけて破壊したとの公訴事実について、伊藤良子の検察官に対する供述調書によれば右破壊された窓硝子はその所属建物と共に木村慶造の所有であることが認められるところ、同人の告訴がないので、本件公訴提起の手続は不適法であるとし、公訴棄却の言渡をしたことが明らかである。

そして記録によれば、右伊藤良子方の破壊されたとされる窓硝子はその所属建物と共に木村慶造の所有に属すると認められること、及び本件について右物件の所有権者である右木村の告訴が存しないことは原判示のとおりである。

しかし、反面右伊藤良子の供述調書によれば、右建物は同女がその所有者である木村慶造からこれを賃借して飲食店中央軒を営んでいたものであることが認められ、本件について同女の告訴が存することは記録上明らかである。

本件器物毀棄罪は親告罪であるから、告訴権者の告訴を欠くときは、判決をもつて、公訴棄却の言渡をなすべきことは論を俟たないところであるが、刑事訴訟法二三〇条によれば、告訴権者は犯罪による被害者とされており、右に所謂被害者とは犯罪により侵害された法益の主体を云い、間接又は附随的損害をうけたに止まるものはこれに該当しないことは明らかである。

従つて、何人が右の被害者に該当するかは、各犯罪の実質を検討し、その被害法益を具体的に吟味して決するほかはない。

刑法二六一条の毀棄罪の被害法益は財産権、即ち財物の利用価値ないし効用の保護にあることは明らかであり、そしてそれが親告罪とされている所以はそれが比較的軽微な犯罪であることに鑑み、処罰の要否を被害者の判断に委ねるのが相当であるとしたものと解される。

右によれば、毀棄された物件の所有権者が右犯罪の被害者に該当することは明らかであるが、同罪の被害法益は前記のとおり財物の利用価置ないし効用の保護にあること、及び賃借人は賃貸人から引渡をうけた賃貸借の目的物件について排他的に使用収益をなす権利を有するものであることに照らすと、賃借人が右の目的物件について有する使用収益権に基く利益も、その物の所有権者の権利とは別個独立に保護さるべきものといわなければならない。刑法二六二条において、その物の賃借人の利益が独立して保護され、賃借人が被害者として告訴権を有することを規定しているのは右の法意を明らかにした趣旨と解される。従つて、物件の賃借人はその物件が毀棄された場合においては、被害者として告訴権を有すると解するのが相当であり(昭和三五年一二月二七日最高裁判所第一小法廷決定、集一四巻一四号二二二九頁参照)、これを刑法二六二条の場合のみに限るとする見解は、同条の場合と対比し、その使用収益権に基く利益において何等差異のない物件賃借人の保護を合理的な根拠なくして奪うことに帰し、首肯し得ないところといわなければならない。

されば、本件において、毀棄されたとされる物件を含む建物の賃借人である被害者伊藤良子の適法な告訴が存することが明らかであるに拘らず、同女には告訴権がないものと判断し、本件公訴を棄却した原判決は、不法に公訴を棄却した違法あるものというべく、到底破棄を免れない。論旨は理由がある。<以下略>(裁判長判事細野幸雄 判事山田瑞夫 小嶋弥作)

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